CONCEPT

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-歴史的背景-

和泉山脈に連なる丘陵にあり、長らく農業が行われていた寒村の地・内田町。

近代では、綿業の一大中心地として栄えた面影が、大和文化の流れを汲む瓦屋根の民家や、紡績工場跡が点在する街並みに残されています。

松尾寺へと続く松尾街道や、松尾川のほど近くに位置する河野邸は、江戸後期・嘉永4年に建てられ、多くの古文書も発見された文化的価値のある建造物であり、村の運営を庄屋という一個人宅が担ってきた近世の姿を、垣間見ることができる貴重な歴史的資料でもあります。

-河野家の想い-

そんな邸宅が2022年5月3日、当時の形を極力残しつつ、復旧が難しい部分をリノベーションし、再び産声をあげることになりました。

ご自身の生家であり、幼少期や学生時代を過ごした思い出深い場所を、かつて盛況していた姿に戻したいと指揮をとったのは、音楽大学の声楽部を卒業し、現在に到るまでオーケストラの楽譜を読み解くライブラリアンとして活躍する、佐古(旧姓:河野)純子さん。

オーケストラのツアーなどで、北アメリカ、ヨーロッパ、オーストラリア、アジアの各国を見聞きし、文化の違いを体感するなかで、この素晴らしい日本の文化を継承していけたらとの思いが募っていくのです。

 30年ほど前までは、家の中で冠婚葬祭の全てを行い、ご両親の結婚式には部屋の襖を取り払い、大きな一間にして披露宴をしたり、季節ごとの建具の入れ替え時にはご近所に応援を呼び、中学生頃までは洋裁や編み物が得意な母親お手製の服を着ていたりと、それぞれが自分の腕を生かし、近隣の人々が協力して、つつましく生活していたそうです。

冷暖房の空調設備も無く、服を買うことが一大イベントになる程、物質的には不十分でしたが、

幼少の頃から書道家の祖父の書を始め、水墨画や日本画、掛け軸など古いアート作品が当たり前のように家にあり、オペラや短歌好きの母親の影響で音楽にも身近に触れてきた生活は、精神的にも芸術的にも満ち足りた幸せな日々でした。

 

簡単に物が手に入る現代にこそ、自身が経験した古いものを大事にする精神や心豊かな暮らしを少しでも感じてもらえたらと、ライフワークとしている音楽と芸術を融合した、個展や演奏会ができる場所として、自宅を解放することにしたのです。

 

 米問屋が繁盛し、へっついさん(かまど)がたくさん設置され、幕末維新期まで庄屋として村を統括していた名残や、織布業が軌道に乗り紡績工場が建設されるなど、人の気配が随所に残った大切に紡がれてきた証を後世に残すべく、各時代で大勢の人々が出入りしていた頃のように

 

「みんなが集える場所になればいいな、ただそれだけです」

 

 

 

 

 

Interviewee:Junko Sako

Interviewer:Satoko Yamada

 

References:和泉市史編さん委員会(2013年).『和泉市の考古・古代・中世』.和泉市教育委員会文化財振興課.[和泉市の歴史6テーマ叙述編Ⅰ].492ページ、泉市史編さん委員会(2018年).『和泉市の近代』.和泉市教育委員会文化財振興課.[和泉市の歴史7テーマ叙述編Ⅱ].544ページ、和泉市史編さん委員会(2021年).『和泉市の近現代』.和泉市教育委員会文化財振興課.[和泉市の歴史8テーマ叙述編Ⅲ].510ページ

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河野邸オーナー.   佐古純子さん